日本では終戦記念日の昨日8月15日、ベルリンから20キロほど北上したOranienburg(オラニエンブルク)というところにあるザクセンハウゼン強制収容所跡を見学してきました。
ザクセンハウゼン強制収容所は1936年に建てられ、1945年までに20万人が収容された所です。
強制収容所といえばユダヤ人をすぐに連想しますが、ここはもともと反ナチス主義者を対象にした収容所で、1939年ごろから徐々にユダヤ人をはじめジプシー(外国人)や同性愛者が増えていきました。
「囚人」たちは強制労働を強いられ、労働力がないとみなされた人々は殺されていきました。さらに遺体は解剖され、人体実験も行われていました。

さて、記念館&博物館に入って行きます。
まずビジターセンターがあり、位置等をチェックした後歩いていくと、ナチス将校たちの基地となっていた区画があります。
その一画に設置された「インフォメーション・カフェ」という展示場ではナチスに関する様々な展示が見られます。
この入口には大きなステンドグラスが・・・

真ん中の赤旗を掲げ子供を抱えた兵士はソ連兵。ナチスの独裁政治に終止符を打てたのはソ連赤軍のおかげであると見るドイツ人もいます。
このソ連兵は何だかとても有名らしく、Treptower Park(トレプトウアーパーク)にある赤軍追悼碑(写真右)にも大きな像があります。

こちらが強制収容所への入口。
「働けば自由になる(Arbeit macht frei)」が刻まれた鉄の門が。

中に入るといきなり壁に有刺鉄線。
そして「Neutrale Zone(非武装地帯)」の看板が。
その下に小さく書かれているのは「呼び止めることなく即座に射撃される」の一言。

ユダヤ人は「ユダヤ人の星」という黄色の星のワッペンをつけることを強制されましたが、反ナチス主義者や外国人のシンボルはこの塔に見られる赤の逆三角形だったそうです。

収容キャンプ跡は1992年に一部放火されたため焼失していたりしますが、かなり原型をとどめている模様でした。
中庭には絞首台なども設置してあり、遺体解剖室もそのまま解剖台とともに残っていました。ただこのあたりになると、観光気分でカメラを向けることがもうできなくなってしまいました。

ドイツの学校では強制収容所を歴史の時間に訪問することが必須となっているそうです。
私はドイツ語を学ぶと同時にドイツの歴史、特に第三帝国の歴史をかなり勉強した方ですが、それでも本で読んだり写真で見たりするのと実際にその空気に触れるのとでは雲泥の差があり、初めて強制収容所を訪れた時にはめまいがしました。
怒り、悲しみ、せつなさ、やるせなさ。戦慄を覚え、いろいろな想いがグルグルするのに、言葉にならない虚しさ。
そういったものを肌で体験すると、平和の尊さに対する考え方が変わるような気がします。

ドイツは非常に魅力的な国です。
素敵な宮殿や建物、美しい自然を保存すると同時に、こういった負の遺産を次の世代に伝えていこうとする勇気と意志があるところも、ドイツの魅力のひとつだと私は思うのです。

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<ザクセンハウゼン強制収容所跡への行き方>
オラニエンブルク駅から「Gedenkstaette und Museum Sachsenhausen」の標識に従って歩くこと約20分で到着です。


バス804番、821番も記念館前に停まるのですが、バス821番は月~金のみ1日5本、バス804番は1時間に1本という本数の少なさです。