1961年8月13日、「西側からの軍事的な攻撃を防ぐため」というソ連統治下の東ドイツ政府の意向によりベルリンの壁が構築され始めました。最初は有刺鉄線の簡単な「隔たり」ほどのものだったのですが、年月を重ねるにつれ次第に石造り、コンクリートと頑丈になっていきました。壁の全長は155km。この壁によって、西ベルリンは東ドイツにぐるっと四方を囲まれる陸の孤島となってしまったのです。
1989年11月9日に壁が崩壊し、17年の時を経た今日、この壁の本当の目的が「東ドイツからの若い労働者の流出を防ぐため」であったことは周知の事実となっています。
壁を越えようとして射殺された人は西側で確認されただけで70余名。それでも1000名以上がトンネルを掘り、気球を使い、車のエンジンルームに隠れ、西への逃亡に成功しています。ただし、この数字に関して正確な数字は明らかにされていません。
現在でも街の数箇所に壁が残っていますが、あまりの薄っぺらさに驚きます。右の写真でもお分かりになりますよね?(壁の右側が旧東、左側が旧西ベルリン)







しかし実際には、左の写真のように、壁は二重にあったのです。この二枚の壁の間の無人地帯には監視塔やドーベルマンを連れた監視員用通路、高圧電流・自動射撃装置などが配置されており、壁を越えようとする者がいればすぐにわかる仕組みになっていたようです。またシュプレー河も二枚目の壁の役割をしていたそう。

左)ブレジネフ旧ソ連共産党書記長とホーネッカー旧東ドイツ国家評議会議長のキス。
右)日本人アーティストによる「日本地区への迂回」

現在でも壁が多く残っているのはNiederkirchner Str.(マルティン・グロピウス・バウ横。テロの地誌と平行。2枚目の写真)、Bernauer Str.(S:Nordbahnhof, U:Bernauer Str.下車。3枚目の写真)と通称「イーストサイド・ギャラリー」と呼ばれるMuehlenstr.(S:Ostbahnhof, S/U:Warschauer Str.下車。4・5枚目の写真)の3箇所が有名です。
壁がなくなったところも1枚目の写真のように道路にレンガ+プレート表示されていますのでお見逃しなく。

ベルリンでは壁についてもっと詳しく知りたい!という方は、
ベルリンの壁博物館(Haus am Checkpoint Charlie)
Friedrichstr. 43-45 (U:Kochstr.)
9-22:00(無休)
西への脱走を試みた人々の記録と冷戦の歴史

ベルリンの壁ドキュメンテーションセンター(Dokumentationszentrum Berliner Mauer)
Bernauer Str. 111 (U:Bernauer Str. S:Nordbahnhof)
10-18:00 (11月~3月は17:00まで。月曜休)、無料
その名の通り、壁に関する映像や写真が豊富。壁構築時のラジオ放送なども聴け、全長155kmを上空から映したフィルムも。ただし、ほとんどがドイツ語のインフォメーション。
二重の壁が保存されているのはこのセンターの真向かいで、屋上から見学できます。

この2つがお勧めです。

壁に関する映画は
トンネル 
Goodbye, Lenin! などが有名ですね。